なぜ監督は、僕にそのひと言を託したのか。
U20サッカー日本代表のチームドクターをしていたとき、大会期間中に監督からかけられた言葉が、今も頭から離れません。
「大会中はリカバリーが全て。頼んだぞ!」
戦術でも、メンバー選考でもなく、リカバリー。その一言に込められた意味を、僕はしばらく考え続けることになりました。
「大会中はリカバリーが全て」の意味
大会は連戦です。試合と試合の間隔は短く、選手たちは限られた時間の中で次の試合に向けて仕上げていかなければなりません。
大会期間中、練習の量を増やすことが優先されたわけではありません。むしろ削るべき場面すらあります。監督が僕に託していたのは、次の試合で選手が力を出せる状態を作ること。それだけでした。
リカバリーという言葉を、僕はそれまで「休むこと」だと思っていました。試合が終わったら休養日を挟む、疲れたら寝る。その程度の理解です。ですが現場で求められていたのは、もっと能動的なものでした。監督の言葉を聞いてから、僕はチームドクターとしての仕事の中心を、治療よりもコンディションを整える方に移していくことになります。
休むことと、整えることは違う
寝れば回復するわけではありません。これは、選手たちを見てきて何度も実感したことです。
同じだけベッドに入っていても、翌朝の状態は選手によって違います。睡眠の質、入眠までの過ごし方、食事のタイミング、移動による自律神経への負荷。これらが噛み合って初めて、体は次に力を出せる状態に戻ります。ただ横になっているだけでは、回復は起きません。
経営者の方の日常でも、同じ景色を見ます。
移動日の翌朝だけ、頭が重い。
遅い時間の会食が続くと、決まって寝つきが悪くなる。
休日に何もしなかった週の方が、かえって月曜の調子が悪い。
「休む」は、何もしない状態を指します。「整える」は、次に向けて意図的に条件を組み立てる行為です。似ているようで、この2つはまったく違うことをしています。何もしない時間を増やすだけでは、整わない体があるということです。連休明けに、休んだはずなのに調子が上がらないという声をよく聞くのも、このためだと僕は見ています。
回復は、設計できる
リカバリーとは、次に力を出すための技術です。
技術である以上、設計できます。睡眠、食事、運動、自律神経、環境。この5つの要素をどう組み合わせるかによって、翌日のコンディションは変わります。偶然に任せる部分ではなく、狙ってつくれる部分だということです。
大会中の選手たちには、次の試合までの時間から逆算して、いつ食事をとり、いつ眠り、いつ体を軽く動かすかという流れがありました。到着した日の過ごし方、前夜の食事の内容、当日の起床から入場までの時間の使い方。1つ1つに理由があり、行き当たりばったりでは連戦を乗り切れません。
経営者の方に置き換えると、こうなります。
出張の移動時間を、あえて整える時間に充てる。
会食が続く週は、あらかじめ睡眠に充てる時間を決めておく。
大事な会議の前日は、いつもより30分早く仕事を切り上げる。
どれも特別なことではありません。ただ、意図して組み込むかどうかで、翌日の状態は変わります。
経営者の方を見ていても、同じ構図に出会います。忙しい時期ほど「休む時間がない」という言葉を聞きますが、必要なのは長い休養そのものよりも、限られた時間の中でどう整えるかという設計です。大会中の選手たちと、走り続ける経営者は、よく似た状況に置かれています。
監督が僕に「頼んだぞ」と言ったのは、休ませてくれという意味ではありませんでした。次も戦える状態をつくってくれ、という意味だったのだと、今は理解しています。あの言葉が、僕がコンディションという領域に軸足を移す、最初のきっかけになりました。
挑戦を続けられる長さのために
長く現役を続ける選手ほど、リカバリーの扱いが上手いという印象があります。無理を重ねられる時期が短いことを、経験の中で知っているからだと思います。
経営者の方にも、同じことが当てはまるのではないでしょうか。一時的に無理を重ねることは誰にでもできます。ただ、その無理を翌週も翌月も続けられるかどうかは、休み方ではなく整え方にかかっています。健康でいることそのものより、挑戦を続けられる長さの方が、経営者にとっては切実な問題のはずです。
締め
リカバリーは、休むことではありません。挑戦し続けるための技術です。
あの大会で監督が僕に託した言葉は、選手だけでなく、走り続けるすべての人に向けられているように、今の僕には聞こえます。この技術は、才能ではなく設計の話なので、誰にでも組み立てられます。まずは、自分の今の状態がどう組み立てられているのかを知ることから始めてみませんか。
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※この記事は一般的な考え方の紹介であり、医療行為(診断・治療)ではありません。体調に不安のある方は医療機関にご相談ください。
